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暴力のルーツ女性への暴力は、性差別に深く根ざしています。女性差別撤廃宣言は、女性への暴力は「男女間の不平等な力関係を歴史的に明らかに示すもの」であり、「女性への暴力は、女性が男性に比べて従属的地位に置かれることを強いる重大な社会的構造の一つである」と明記しています。女性への暴力は「自然」でも「不可避」でもありません。それは、歴史的・文化的につくられた価値であり基準なのです。経済のグローバル化と貧困貧困もまた、女性に対する暴力を助長させています。世界的に見て、女性の方が貧しい状況に置かれ、その数は増え続けています。経済のグローバル化の悪影響が、女性をさらに貧困と社会の片隅へと追いやり、暴力から逃れることはたいへん困難になっています。学ぶ機会が奪われていることも、女性が変革のために活動することを制限しています。紛争と女性武力紛争下では、性別を問わず多くの命が奪われます。しかし、とりわけ女性と少女は、組織的な強かん、性的虐待、四肢切断などの暴力にさらされています。その加害者は、政府軍、反政府武装勢力を問いません。紛争下での女性への暴力は、女性から人間性を奪い、あるいは敵対する集団への見せしめとして、しばしば戦争の武器として利用されます。例えば1975年から1999年までインドネシアの占領下にあった東ティモールでは、インドネシア軍のパーティで東ティモールの女性たちが「慰みもの」とされ、独立派武装勢力の妻たちが性奴隷にされていました。武力紛争は大量の難民や避難民も生み出しますが、ここでも大多数は女性と子どもです。 強いられる沈黙女性への暴力は、被害者に身体に受けた傷以上の苦しみをもたらします。精神的苦痛とさらなる暴力の脅威は、女性の尊厳を奪い、虐待者に対して自らを守ろうとする力を抑え込みます。暴力があることが気づかれないまま、精神的な苦痛は増し、助けを求めることすら困難になるのです。こうした結果、アルコールや麻薬に依存したり、うつ病その他の精神的障害になったり、自殺するケースも稀ではありません。第二次大戦中に日本軍は、中国、韓国、東南アジアなどの占領地から10〜20万人の女性を集め、「従軍慰安婦」という性奴隷にしました。半世紀を過ぎた現在もトラウマを抱え苦しみ続けている女性は多く、1990年代になってようやく、被害回復と正義を求めて沈黙を破ったのです。 気づかれない暴力加害者が法的に裁かれない限り、この暴力の連鎖を断ち切ることは決してできません。しかし、女性への差別が法によって認められている国があります。法的には平等に見えても、政府機関、警察、検察が差別を行なっていることがあります。多くの国で、警察や司法の意識が低いうえに女性に対する偏見があるため、警察などはその女性を信じて動き出すことに消極的です。女性の振る舞いが誘惑・挑発的だったと決めつけられる場合も多いのです。 さらに、多くの女性が経済・社会的に男性と同じ権利を持っていないため、司法制度を利用すること自体が難しいといえます。 女性たちの闘い世界中の女性たちが自らを組織し、隠されてきた暴力をあぶり出し、政府、社会、個人に対して暴力の責任と対応を求めてきました。女性たちの努力によって、法律や政策や慣習が劇的に変わってきたのです。女性運動の大きな成果の一つは、女性への暴力が人権侵害であるということを国際的に認識させたことです。これによって、女性への暴力が私的な問題から公的な問題となり、公的機関による行動が要求されるようになりました。強かんが戦争犯罪であり、人道に対する罪であるということが明確に国際刑事裁判所設置規程に盛り込まれたことは、そうした努力と活動によって新たな国際的な基準ができたことの好例です。 しかし、女性の人権や社会的平等を認めることが社会の安定を脅かすと考える勢力によって、女性の人権活動家はしばしば偏見と攻撃にさらされています。 しかし、男女の社会的平等が社会の安定と経済利益を脅かすと考える勢力によって、女性の活動家は世界各地で攻撃されています。女性は家庭にいるべきと考える社会で、女性の人権活動家は偏見に立ち向かわなければならず、また差別的な法律に反対する女性たちはしばしば、文化や国家に対する裏切り者と非難されることがあります。 |
(c) アジア女性資料センター。ソウルの日本大使館前で抗議行動をする元「従軍慰安婦」たち。 人権のスキャンダル
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